浦和家庭裁判所 昭和56年(家)765号 審判 1982年4月02日
申立人
甲野花子
上記申立代理人
佐々木新一
同
吉田聰
相手方
乙山一郎
事件本人
甲野春子
昭和四九年一二月二〇日生
事件本人
甲野太郎
昭和五〇年一二月二〇日生
主文
原告甲野花子(本件申立人)、被告乙山一郎(本件相手方)間の浦和地方裁判所昭和五三年(タ)第三一号事件について右当事者間に成立した和解中、事件本人らと相手方との面接交渉を定めた和解条項第2項は、これを取消す。
相手方は、事件本人らの面接交渉につき、申立人との間でこれを許す新たな協議が成立するか、または、これを許す家庭裁判所の調停審判があるまでの間、事件本人らと面接交渉をしてはならない。
理由
(申立の趣旨)
事件本人らの監護養育に関し、相手方が事件本人らとの面接交渉を行わないとの審判を求める。
(申立の実情)
一申立人は住所地に父○○、母△△及び事件本人らと居住している。申立人らの生活は、父○○と申立人の稼働収入で支えている。
二申立人は昭和四九年一〇月一五日相手方と婚姻し、その間に事件本人らを得たが、昭和五三年一〇月二五日事件本人らの親権者をいずれも申立人と定めて離婚した。離婚に至る経過は、次のとおりであつた。
(一) 婚姻当時相手方は○○市内で麻雀荘を経営し、申立人は家事の傍らこれを手伝つていた。昭和五〇年六月頃相手方と顧客とが右店内で覚せい剤を用いたので、申立人が警察に通報したため、右営業が停止処分となり、相手方は同年九月浦和地方裁判所で懲役四月、執行猶予二年の判決をうけ、同判決は確定した。
(二) その後、右麻雀営業は不振となり、昭和五一年に入つて廃業同然となり、同年九月に廃業した。相手方はその後定職につかず、夜はどこへともなく外出し、朝帰宅して日中眠り、ときには一週間くらい帰宅しないことも多い生活になつた。申立人は水商売に入り生活費を得たが、相手方は小遣銭としてそのうちかなりの部分をとりあげ費消するのを常とした。
(三) その間、相手方は申立人の住居内で、次のような暴行傷害行為をした。
(1) 昭和五三年三月一〇日頃申立人の左肩をつかみふりとばして転倒させ、足で左脚部、腰を数回蹴り、申立人は玄関コンクリート上に転倒し、脚部を負傷した。
(2) その頃相手方はタオルに火をつけて申立人の顔に投げ、申立人が避けたあと布団などが焼け使用不能になつた。
(3) 右のほか、申立人に対し、相手方は在宅時は右に準ずる暴行をほとんど日常的に継続して加えていた。
(4) 昭和五二年一二月一八日夜、申立人の父○○を強くつきとばして転倒させ、左膝部打撲傷(加療一週間を要す)を負わせた。
(5) 昭和五三年三月二六日夜同人に対し手拳で顔、胸を約三回殴り、足で左右脚部をけつて転倒させ、胸部打撲傷、右脚擦過傷(加療一週間)を負わせた。
(6) 同夜、申立人の母△△に対し、手拳で顔を約三回殴り、足で腹部を二回けり、髪をつかんで引つぱる等の暴行を加えた。
このため、申立人は相手方に対して浦和地方裁判所へ昭和五三年(タ)三一号をもつて離婚訴訟を提起した。なお、離婚訴訟と平行して、○○<編注・父>より相手方に対し、建物明渡の訴を提起した。また、身体生命の危険にさらされている○○らは、相手方に対し立入禁止の仮処分(同地裁昭和五三年(ヨ)第四八一号)を提起し、同年八月三〇日認容された。
三このような状況下にあつて、申立人は相手方とどうしても離婚したかつたので、全く支払う理由はないが、相手方に金四二〇万円を和解金として支払うことを条件とし、かつ、「原告(本件申立人)は春子、太郎がそれぞれ成年に達するまでの間、被告(本件相手方)が二か月に一回の割合で右子供らに面接することに同意する。」旨を定めて、同年一〇月二五日裁判上の和解を成立させた。
四ところで、相手方は、離婚後しばらくの間は、事件本人らとの面会も求めず連絡もなかつたが、昭和五四年二月から三月にかけて申立人を呼びだし、あるいは○○に暴行を加える所為に出た。
右当時は覚せい剤による中毒症状と思われたが、申立人らは相手方を川口警察署に告訴する事によつてようやく危険を脱することができた。告訴の直後、相手方は覚せい剤使用で赤羽警察署に逮捕され、懲役一年二月の実刑判決を受けている。
しかし、相手方は出所後再び申立人らに対し次のようないやがらせを始めている。
(一) 昭和五五年七月初旬申立人は突然相手方に電話で呼びだされて、×××の喫茶店で会つたところ、相手方は、「俺はだまされた。赤羽で覚せい剤でつかまつた。子供に会える身分じやない。」などと述べ、三時間近く全く意味のないことを述べ続けたが、覚せい剤の中毒症状と思われる言動であつた。
申立人は、「子供の面会であればともかく、それ以外のことなら全く関係がない。」といつて席を立ち、その日の話し合いは終了した。
(二) ところが、同年一二月一三日午後七時ころ相手方は突然申立人の自宅までおしかけ申立人に対し、「俺は病院に二か月も入院した。一、二万あつたらくれ。俺はだまされた。」と述べ、申立人がこれを拒否して、「あなたとは関係がない、あとは子供のことだけでしよう。子供には会わせます。」と述べるや帰つた。
(三) その後、相手方は申立人の不在中に何度か意味不明の手紙を自宅に投げ入れていつた。さらに、二月二〇日夜には二人の男を同行し、右○○、△△に対し、「花子はいるか。いまだつたら許せるが、今会わなければ抹殺するぞ。俺は務所帰りだ、どこにもつかつてもらえない。お前達をうらんでいるぞ。」などと約二時間にわたつて述べたて、○○らの再三の退去要求にも応ぜず、戸を閉めようとした○○を突きとばす暴行にでた。
(四) そして、相手方は翌二一日の昼には何度か○○の会社に電話をかけ、「お父さん大変だね、何十年もの間真面目に働いて、一ぺんに水になつてしまう。花子の芸名とパネル写真を送りつけるぞ。」などと脅迫し、夜には男一人を同行して申立人宅におしかけ、「花子の芸名をいいふらしてやるぞ。近所じゆう大変だね。俺は前科者だ。」など意味不明なことを述べたてた。○○はやむなくパトカーを呼んだが、到着前に相手方は退去した。
(五) 同年二月二四日昼相手方は再び男二人を同行して、「花子に会わせろ、×××病院に入院しているから花子をよこせ。」などと主張し、○○がパトカーを呼ぶと、その警察官に対し、「俺は裁判所の和解で子供に会える事になつているんだ。」と言いたて、そのため警察官はやむなく帰る事態となつた。
(六) 同年三月一日、右○○、△△立会いで子供二人と相手方とを面会させたが、相手方は子供とは話をせず、昔の話をむしかえし、また、「交通事故に会わない様にきおつけろ。」「子供を食事や遊園地に連れてゆく。××幼稚園に会いにゆく。」などと述べ、二人の子供を連れだす可能性を示し、脅迫的言辞をもつて申立人との面会を求めてきた。
五このように、相手方は、子供との面会に藉口して申立人との面会を求め、相手方の性格、これまでの言動から申立人及び事件本人らは生命身体に危険を感じ、日常の生活が安全に行うことが出来ない状況にある。そして、所轄の××警察署に保護を相談しても、同署の係官は、「和解調書の『面会を認める部分』があるため、その危険があるというだけでは介入がむずかしい。なんとかその部分の効力を止めて欲しい。そうすれば保護してあげましよう。」という回答である。相手方のいやがらせ、暴行は全く不当であるが、それを阻止するためには警察に依頼するしかないところ、右の如き回答であるため、申立人としては右部分の効力を阻止する必要を痛感しているのである。
六相手方には前記和解調書に基づく春子、太郎との面接交渉が形式的にあるが、以上のような事情の下でその行使を許すことが適切でないことは明らかである。
現在、相手方は春子、太郎らの通う幼稚園にまで電話をかけ、子供達の安全な保育を妨害し、幼稚園保母にまで恐怖を与えている。申立人には春子、太郎に対する監護教育の職務があるが、相手方の妨害が現存する状況の下で面接交渉を許すことは、その職務を履行できない状況を作り出し、かつ事件本人らの福祉を著るしく害するものである。
よつて、本件申立に及んだものである。
(当裁判所の判断)
一関係戸籍謄本、当庁家庭裁判所調査官牛山みえ子作成の調査報告書、本件記録に添付の当庁昭和五六年(家ロ)第一〇〇二号、第一〇〇三号子の監護に関する仮処分事件の記録、申立人、相手方及び事件本人両名に対する各審問の結果を綜合すれば、大要次のような事実が認められる。
(一) 申立人と相手方とは昭和四九年一〇月一五日婚姻し、当事者間に事件本人両名が生れたが、申立人の主張するような事情で、申立人は相手方と離婚するのやむなきに至り、離婚の訴を提起した。
(二) そして、申立人を原告、相手方を被告とする浦和地方裁判所昭和五三年(タ)第五一号離婚訴訟事件について、昭和五三年一〇月二五日同裁判所において「原、被告は、長女春子、長男太郎の親権者を原告と定め、原、被告が離婚する旨の離婚届書が本日有効に作成されたことを確認し、速かに右離婚の届出をなす(和解条項第一項)。原告は右春子、太郎がそれぞれ成年に達するまでの間、被告が二か月に一回の割合で右子供らに面接することに同意する(同第二項)。原告は被告に対し和解金として金四二〇万円の支払義務があることを認め、本日、右金員全額を支払い、相手方は受領した。」等の条項を定めた裁判上の和解が成立した。申立人が右和解において事件本人らの面接に関する合意をしたのは、これを認めなければ、相手方が離婚に同意しないため、やむを得ず譲歩したものである。そして、申立人と相手方とは、右和解の成立当日事件本人らの親権者をいずれも申立人と定めた協議離婚届をした。
(三) ところで、相手方は離婚後しばらくの間は事件本人らとの面接を求めなかつたが、昭和五四年二月頃から、事件本人らとの面接を理由に申立人との面会を求めてきた。その頃、相手方は覚せい剤を乱用していた。そして、同月及び翌三月にかけて、申立人及び申立人の父○○に対し、暴行あるいは脅迫を加えた。相手方は当時執行猶予中であつたにもかかわらず、覚せい剤を使用したために起訴されて懲役一〇月の判決をうけるとともに、前刑の執行猶予を取り消されて受刑し、昭和五五年七月一九日頃刑期を終えて出所した。
(四) 相手方は出所後間もなく申立人との面会を求めにきたうえ、同年一二月頃から翌昭和五六年三月頃にかけて、申立人主張のように、申立人及びその父○○に対し、数回にわたりいやがらせや無理な要求を行つた。その間、同年三月一日には、相手方は事件本人両名と面接したが、父親としての愛情をもつた態度で接することをせず、かつその後は、事件本人らの通園する幼稚園に執拗に電話をかけ、同園に多大の迷惑をかけた。
(五) 申立人は、和解条項所定の事件本人らとの面接を口実とする不穏当な面会の強要に対し、所轄の××警察署に介入を依頼したが、同署においても、前記和解条項の存在を理由に十分な対処をなしえないと述べているので、相手方からの面接要求について常に不安な状況におかれている。
(六) 申立人は、本年四月小学二年に進む事件本人春子及び同じく小学一年に入学する同太郎ならびに申立人の両親と生活を共にし、○○婦として挙げる収入によつて、家族の生計を支えているが、事件本人らに対する監護養育は申立人の両親の助力を得て十分に行つている。これに対し、相手方は当庁牛山調査官が昭和五六年四月以降呼出をしていたのに仲々出頭せず、昭和五七年一月二六日の審判期日に漸く出頭したものの、その後は所在を明らかにせずして出頭しない。その職業も同年一月頃は麻雀屋の店員をしていたが、その後の生活状況は明らかでない。
大要以上のように認められ、相手方の供述中、右認定に抵触する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる資料は存しない。
二前記認定の事実によれば、申立人は、前記のとおり昭和五三年一〇月二五日付の裁判上の和解により、相手方が二か月に一回の割合で事件本人らに面接することに同意しているのである。ところで、面接交渉権は、抽象的には親として有する固有の自然権であるが、具体的には父母間の協議または家庭裁判所の調停・審判によつて形成される、子の監護に関連する権利と解されるから、本件のように面接交渉権が裁判上の和解により形成された場合でも、その実質は父母間の協議と解するのが相当である。そして、前記のとおり、面接交渉に関する協議が成立した以上、当事者は約旨に従つて面接する権利、義務を有するに至ることは多言を要せずして明らかである。しかしながら、面接交渉権は、親の子に対する自然の情愛を尊重し、子の人格の健全な成長のためには親の愛情をうけることが有益であることを根拠として認められるものであるから、面接交渉権の行使が、協議または調停・審判の成立後の事情の変更により、未成年者の福祉を著るしく害するような事態に立ち至つたときには、未成年者の監護に関し後見的な権限を有する家庭裁判所は、右協議または調停・審判の変更または取消をすることができるものと解するのが相当である。
そこで、かかる見地から、前記裁判上の和解により形成された面接交渉権の取消、変更の必要性について検討してみるのに、上記認定の事実によれば、右和解に基づく二か月に一回の割合による面接に関する協議は、その合意の成立の当初から事件本人らの福祉のためになされたというよりは相手方がこれに藉口して離婚後の申立人との面会の機会を得るために約定したとの疑念を払拭し得ないばかりでなく、相手方には事件本人らとの面接により事件本人らの人格の健全な成長を図るという意図が全く看取し得ないのである。しかも、相手方は覚せい剤の乱用により受刑したうえ、出所後も、離婚した申立人及びその父に対し暴行を加え、あるいは金銭の要求をし、または事件本人らの通園する幼稚園に迷惑をかけるなどして、事件本人らの福祉を著るしく害するような所為に及んでいるのである。そして、現在、相手方が従前の生活態度を改めて、事件本人らと円満かつ平穏に面接をなしうるとの資料は見出せない。
このように、本件については、面接交渉権が、その後の事情の変更によつて、これを行使させることが事件本人らの福祉を著るしく害し、もしくは害する蓋然性が高いと認められるので、右和解に基づく面接交渉の協議は、新たな協議又は調停・審判によつて変更又は取消をすることが必要であるというべきである。しかして、前記認定の事実と相手方の所在が判明しない事情を考え合わせれば、協議調停によつて、変更または取消をすることができないことが明らかであり、本件については、前記協議は審判によつて、これを取消すのが相当と考えられる。そして、今後、相手方と事件本人らとの面接交渉が親と子との幸福の増進に役立つような新たな事情が生じたときには、相手方において、申立人と協議して面接交渉権を形成するか、もし協議が調わないときは、家庭裁判所における調停あるいは審判により新たに面接交渉権を形成することができるのであるから、その段階に至るまでは、相手方が事件本人らと面接交渉することを許さないのが事件本人らの福祉上必要であると考えられる。
3 よつて、以上の判断の趣旨に従つて、主文のとおり審判する。
(糟谷忠男)